桐野夏生「リアルワールド」

リアルワールド (集英社文庫(日本))

リアルワールド (集英社文庫(日本))

そして、ミミズはその気持ちを大人たちには絶対言わないだろうと確信した。いや、どう説明していいのかわからないんだろう。あるいは説明した時のあまりの単純さを知って言い淀んでいるのだ。それは、あたしにもわかる気がした。なぜなら多分、ミミズは母親がうざかったのだ。うざい。言葉にすれば、そんなちっぽけなことで自分の母親を殺すなんて、大人は皆、信じられないと言うだろう。でも、真実だ。この世はうざい。信じられないほどうざい。しかし、とあたしは思った。キレる男は馬鹿だ。あたしら女子高生がキレて、バスジャックしたって、刃物振り回したって、ことを為す前に取り押さえられるのがオチだ。だから、女はうざいことをされないようにあらかじめ武装する。男はきっと、この武装がうまくないのだ。

P32

ミミズの世界なんて知りたくもなかったからだ。あたしは自分がいいと思ったり、怖いと感じる世界に生きているんだし、それが他人と同じだなんてお目出度いことを考えるのは小さい時にやめた。みんな同じだと思って、それを迂闊に口に出すと、猛反発を食らうことがある。人は他人が自分と違うことを許せないのだ。あたしは少し皆と違っていたから、すぐにそのことを学んだ。
 〜
あたしは幸い、気の合う連中と出会ったから、高校生活はまあまあ楽しく過ごしているけど、誰とも合わない子は死ぬほど辛いだろうと思う。あたしたちは、親とも違うし、教師とも最初から別人種。学年がひとつ違うだけで別世界。つまり、敵に囲まれてたった一人で暮らすことになるからだ。

P33


 自分より若い世代に対して想像力が及ぶというのは、すごいと思う。
 ここに書いてあることは普遍的なことなのかも知れないし、作家というのはそういうものなのかも知れないが。



「嘘だよ。騙すなよ、あたしを。つまんないことばっか言ってさ」
「あだー。オレはあれだ。とにもかくにも、いい女子大入って、東大とか一橋の男を捕まえて結婚して、専業主婦しちゃうんだ」
「何だそのゼツボーは」
トシは、いとも易々と私の気持ちを言い当てた。

P184


 聡明な女子の感覚ってこういうものなのかな。あるいはまた、女子は皆聡明なのか。


 テラウチはどうやったら生きていけたのかな。
 少しでも自分を理解する人間がいて、人生のひと時でもその人と触れ合えたら、それで十分じゃないのかな。
 遺書に書いたことをトシに語ったなら、トシはどうしただろう。


 それから多分、この感覚は男女共通になってる。
 専業主婦を地方公務員なんかに置き換えることは可能だろう。