潮鳴り 葉室麟

 21日の24時から朝方4時ごろまでに一気に読む。読みやすかった。


潮鳴り

潮鳴り

 
 愚直さからお役御免となった武士がさみしさを抱えて無為に日々を送っている。
 なじみとなった小料理屋の主人である女もまた過去のある身で、二人は我知らず相通ずるものを感じていた。


 このあたりの恋模様はファンタジックで文学的ではない。現代ものなら、リアルからの懸隔が大きすぎて醒めてしまうが、このあたりは時代小説ならでは。


 この作品の妙は、江戸の平和を背景としながらも差し迫ったドラマを見せてくれるところであろうか。


 財政難にあえぐ藩で新設された新田開発にかかわる部署、その真の存在意義とは何か。
 この時代、大名に金を貸す商人は権力を増しており、商人同士の権力闘争もストーリーに絡んでくる。


 作者の思いは生きることの困難さとそれを全うする意志の尊さ、美しさというところだろうか。
 武家の覚悟は死ぬ覚悟であるが、そうではなく生きる覚悟を示さなければならなくなる。


 しかし、死んだほうがましだという絶望をいま現に抱えている人にこの作品は届かないだろう。
 そのような筆致だと思う。
 何かのために生きる、という理路しか示されないので、そういった何かや誰か、絆も思い出も持たない人にはしんに迫ったメッセージを残さないのである。


 とはいえ、酒色に溺れ、堕ちるところまで堕ちた彼を信じ続けた周囲の人々、その厚情の描写は心を打つものである。
 転機が訪れた後の彼が見せる誠の心もまた感動的であり、それがまたもう一度、絆を結びなおしてゆく。
 決して幸福なだけの結末とはならないが、それは未来へ向かって開かれた読後感を抱かせる。