歌うクジラ

歌うクジラ 上

歌うクジラ 上

 

 発売当時気になってはいたものの、優先度を落としてそのまま忘れていた。

 書評サイトで名作と評されていたので図書館で借りた。在庫は単行本のみだった。

 

 

 いろいろな社会変革を経て理想社会を実現したと思ったら、そこはディストピアだった。あるいはディストピアを発見したと言うべきか。

 あるとき、正確にグレゴリオ聖歌を歌うクジラが発見される。それは太古の昔から生存するクジラで、不老遺伝子を持っていた。Singing Whale:SW遺伝子と呼ばれるようになる。この遺伝子の導入は簡単で医学生でも可能な程度である。

 ここで人類はSW遺伝子を導入する人間を選定することになる。

 

 物語は、ただ「島」とだけ呼ばれる収容所のようなところから始まる。本土と接続する橋は自由に行き来することはできない。ある程度の人口があり、世代交代が進むうち、耳の上に毒腺を持つ「クチチュ」と呼ばれる人間が生まれるようになった。島で生まれる人間のうちいくらかの割合がクチチュである。

 スクライドのロスト・グラウンドを想起したが、隔離された集団が独自に進化するというモチーフはよくあるのかもしれない。

 

 棒食という完全栄養食が登場する。美食はインモラルという政策的誘導が実施されている。

 

 

 ボノボの遺伝子を人間に取り込んだが、彼らは知性も言葉も失ってしまう。

 新世界よりでもボノボの習性を人間社会に取り込んでいた。

 

 全体の大きなテーマは、棲み分けこそ理想社会だというテーゼである。この小説はそのシミュレーションでもある。

 上層、中層、下層、他に島や最上層などがある。情報を統制され、下層の人間は上層の存在すら知らない。

 上層でも犯罪がなくなることはなかった。十万人に一人という割合であっても、殺人や強姦などの凶悪な犯罪が発生するとなると社会が壊れるには十分であった。

 著者は多様性が失われたためであると記述している。

 

 もう一つメモしておく。

 社会の構造の中核は「物流」だと言う。これは文化人類学でいう、言葉の交換、物の交換、女の交換、三重の交換システムを現代に翻案したものであろう。